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神戸地方裁判所姫路支部 昭和33年(ワ)258号 判決 1960年2月29日

原告 広瀬繁太郎

被告 柴田三代治

主文

被告は原告に対し、別紙記載のような陳謝広告を東京都新宿区四谷本塩町二財団法人大蔵財務協会発行週刊「税のしるべ」全国版に、東京都千代田区神田錦町一ノ六東京青色申告連合会発行月刊「青色申告」に、大阪市北区梅田町二七株式会社産業経済新聞社発行日刊「産業経済新聞」全国版に各一回、陳謝広告の四字ならびに宛名および被告の氏名は四号活字その他の部分(本文、日附、原告および被告の肩書)は五号活字をもつて掲載せよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し主文第一項掲記の各刊行物ならびに兵庫県赤穂郡上郡町上郡、上郡税務署管内青色申告会発行月刊「青色の声」に夫々引続き三回、見出しと氏名は二号活字を用いその他は四号活字をもつて次の謝罪広告(日附、氏名、肩書は別紙陳謝広告のとおり)を掲載せよ。

謝罪広告

拙者は上郡税務署管内青色申告会名を冒用し貴殿の著作物「簿記仕訳盤」に対する偽作物を「仕訳早わかり」と題し発行発売しましたことは誠に申訳なく今後は絶対に右の如き不法を為さないことを誓い併せて貴殿の名誉回復の為本広告を為し謝罪します。

以上

訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は肩書地に住み大阪市に事務所を開き居る税務代理士であり、被告は兵庫県税務署管内青色申告会の代表者と称し居るものである。

二、ところで原告はその業務に関係して社会に稗益する為に簿記整理上有益なる刊行物「簿記仕訳盤」(甲第一号証)なる文字図画模型よりなる学術上の著作を為し、その解説書「簿記の要点仕訳と仕訳盤」(甲第二号証)と共に昭和六年八月中に発行し引続き発行継続し今日に及んでいるものである。而して右刊行物が著作権として保護せらるべき性質のものたることは原告が後にこれを文部省に申請して昭和三二年九月七日著作年月日登録を受け(登録番号第七一〇二号の一)たることにより明白である(甲第四号証)。而して著作権法第三条によれば刊行物は発行の時、即ち昭和六年八月中より著作権たるの効力を発生し、本件の場合は著作者存命中に付右権利に消長なく又同法第一条によつて著作者はその著作物を複製する権利を専有するものなるが故に他人の偽作を排斥するものである。

三、右の次第であるのに被告は昭和三二年八月七日頃より前記原告の著作物と形態内容とも同一(名称および内容に少々の変更を加えたところがある)と見做すべき偽作物(甲第三号証)を発行し被告は盛に右偽作物の発売頒布に努め(甲第五、六号証)、もつて原告の著作権を侵害し名誉を傷つけ損害を加えたのである。

四、原告は被告の右侵害の事実を知つたので或は書面をもつて或は友人を通じ数ケ月に亘つて被告の反省を求め右侵害行為を廃止せしむべく努めたが、被告は原告の紳士的理解の途に出で居るを見溢り居るものの如く反省の色全くなく対抗手段を採り居るをもつて本訴に及んだものである。

と述べ、被告の答弁に対し、次のとおり反駁し、且つ請求原因事実を解明した。即ち

五、原告の作品(甲第一号証)は実用新案登録に適する部面では実用新案登録を受けたことは事実であるが、この事実があつたればとて少しも著作権の成立を阻害するものでなく著作権も実用新案権も両立するものである。本件著作は円盤紙上に顕わした図柄、文字、文句並にその配列が原告の苦心になる学術的の作品である。即ち二枚の円盤紙を中心にて止め効用を実現するに適せしめた事は恰も書簡が箇々に印刷した紙を製本することによつてその効用を実現するに適せしめた場合と同様な関係にあるのである。この点被告は作品の効用を全うするのに文字、文句、図柄、その配列を必要としないような他の実用新案的考案と混同しているのである。本件著作は文字、文句、図柄その配列を構成せしめたことを主眼とする大切な学術的な作品なのであつてその効用を全うする為には是非共文字、文句、図柄その配列に頼らずして本作品は何の効用も挙げ得ない性質のものなのである。即ち学術的作品たる文字、文句、図柄、その配列を著作の本体とする刊行物なのである。その目的とするところは簿記学上にて文章又は演述により縷々解説して初めて理解されるような簿記資料の取扱方を簡明に指示することにあり、換言すれば学術研究の結晶の発表なのである。されば此の如き著作は簿記学に練達の者でなければ到底なし得られざるべき価値ある学術上の作品なのである。

六、被告の本件著作権侵害の内容として、原告はその剽窃を責める。

(一)  甲第一号証と甲第三号証に基き剽窃の点を指摘すれば、

円盤平面上を放射状に区画し中円小円を加えた図形、1ないし36なる区画内の数字、「借方」「貸方」の文字、同枠内に見える「銀行預金」「現金」の文字、大円枠外の矢印ならびに矢印を挟む文句、小円内の「取引の要素」「資産の増加、資産の減少、負債の減少、負債の増加、資本の減少、資本の増加、損失の発生、利益の発生」の各文句ならびにその各々を継ぐ線引図形、前記1ないし36の数字の区画に配された夫々の必要文句の中3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 14 15 17 18 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36の区画に配された各必要文句は全部甲第一号証の著作より甲第三号証の偽作が剽窃しているのである。

(二)  次に甲第一号証と乙第一号証に基き剽窃の点を指摘すれば、円平面上を放射状に区画し中円小円を加えた図形、区画内の1ないし36なる文字、「借方」「貸方」の文字、同枠内に現われる「銀行預金」「現金」の文字、中心円内の「資産の増加、資産の減少、負債の減少、負債の増加、資本の減少、資本の増加、損失の発生、利益の発生」の各文句、その各々を結ぶ線引図形前記区画内の1ないし36なる文字の欄に配された夫々の必要文句の中、甲第一号証の3は乙第一号の6において剽窃すると同様に4は7に、5は12に、7は31に、8は25に、9は1に、10は5に、14は21に、15は3に、17は16に、18は22に、21は32に、22は26に、23は27に、24は2に、25は29に、26は9に、27は24に、28は20に、29は30に、30は35に、31は19に、32は15に、33は28に、34は33に、35は4に、36は8において夫々剽窃しているのである。

原告訴訟代理人は以上のように陳述し、

立証として甲第一号ないし第六号証および第七号証の一、二を提出し、証人大田周夫の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、同第二号証を援用した。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の第一項の事実中被告が上郡税務署管内青色申告会の代表者と称しているとの点を除きその余は認む。而して被告は右申告会の代表者であつて代表者と称しているものではない。

二、原告主張の第二項の事実中原告が昭和三二年九月七日、簿記の要点「仕訳」と仕訳盤なるものが原告の著作物として文部省に登録せられていることおよびこれに附録として「簿記仕訳盤」が添付されていることは認めるもその余の事実はこれを争う。原告は昭和六年八月頃「簿記仕訳盤」なる器具を新規に考案したものであつて、これは前記簿記の要点「仕訳」と仕訳盤なる著作物の附録器具であつて「簿記仕訳盤」そのものが著作物ではない。

三、原告主張の第三項の事実中、被告が昭和三二年六月頃「仕訳早わかり」なる器具を新規に考案し、その頃より発売頒布したことは認めるがその余の事実を争う。

四、原告主張の第四項の事実中原告が被告に対し著作権侵害の抗議を申込んだことは認めるが、被告としてはこれを著作物とは考えないから右申込みに応じなかつたものである。

五、原告の考案した「簿記仕訳盤」も被告の考案した「仕訳早わかり」も共に実用ある新規の工業的考案の物品であつて著作物ではない。従つて被告作成のものが原告考案のものに類似の点があるとしても著作権の侵害とはならぬ。

尚原告考案の「簿記仕訳盤」は昭和六年八月二六日実用新案の登録を受けていたが登録料不納により昭和一三年四月その登録を抹消せられている。この点からも「簿記仕訳盤」が著作物ではなく工業的考案の器具であることは明白である。

よつて著作権侵害を理由とする原告の請求は失当である。

と述べ、

立証として乙第一号ないし第四号証(第四号証はその一、二)を提出し、証人大田周夫の証言および被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。(但し甲第二号証の発行の日付を争つた)。

理由

弁論の全趣旨によれば、原告は昭和六年八月頃から「簿記仕訳盤」(甲第一号証)なる作物を考案しこれを発売頒布して来たこと、被告が昭和三二年六月頃から右簿記仕訳盤の類似品たる「仕訳早わかり」(甲第三号証および乙第一号証)を作成し上郡税務署管内青色申告会の名において発売頒布したことが認められる。ところで被告は原告主張の簿記仕訳盤は実用新案権の目的たる工業的考案の器具であつて著作権法にいう著作物たるに値しないものであると抗争するに付き考察する。成立につき争のない乙第二、三号証に原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は本件簿記仕訳盤を昭和六年八月頃新規たる工業的考案の器具として実用新案の登録を受けたことが認められるので、本件簿記仕訳盤が工業的考案の器具として価値のあつたことは誠に被告所論のとおりである。然し著作権と実用新案権とは必しも互に相排斥するものではないと考えるべきであるから本件簿記仕訳盤が実用新案として登録せられたことは当然にその著作権法第一条にいわゆる著作物たることを否定するものではない。惟うに前示乙第二号証成立につき争のない甲第一号証第七号証の一、二発行日付の点を除き成立につき争なく、発行の日付については原告の陳述により成立の認められる甲第二号証に原告の陳述を併せ考えるときは、原告は多年税理士の業務に従事すると共に,複式簿記々帳の普及に資するため、著述したこともあるので、本件簿記仕訳盤は複式簿記々帳に際し先づなすべき仕訳(即ち、貸方科目に記載すべき取引用語とこれに対応する借方科目に記載する取引用語を抽出すること)を、日常取引に最も多く用いられる三六項目の取引事項について、機械的になし得るように考案したもので、これは簿記学に精通したものにして始めて為し得る学術上の所産であり、仕訳の入門書たる価値を有するものと解するを相当とする。成立につきいづれも争のない甲第四号証および乙第四号証の一、二証人大田周夫の証言を綜合すれば、原告が昭和三二年八月頃本件簿記仕訳盤をその著書たる「簿記の要点『仕訳』と仕訳盤」と共に文部省に対し著作権登録を申請したのに対し、文部省は本件簿記仕訳盤を独立の著作物と認めないで、従つて独立の著作権登録をしないで、単に前記著作物の付録として著作権登録の対象としたことが認められるが、このことによつて本件簿記仕訳盤は著作権法第一条にいわゆる著作物たる性質を剥奪せられるいわれはない。従つてこの点に関する被告の所論は採用しない。

而して被告作成の「仕訳早わかり」(甲第三号証および乙第一号証)は被告本人尋問の結果によれば、原告作成の本件簿記仕訳盤を手本として考案せられたことが推測せられるのみならず、原告が事実欄で指摘するとおりの本件簿記仕訳盤の文句、図形等の剽窃が認められるのであるから、これは明に原告の著作物たる本件「簿記仕訳盤」の偽作物であると断ぜざるを得ない次第である。而して被告が昭和三二年六月頃から右「仕訳早わかり」を発売頒布して来たことはその自認するところなるが故に、これにより原告の本件「簿記仕訳盤」に対する著作権を侵害し、その名誉を傷つけ且つ損害を与えたことは原告および被告の各陳述を綜合して認め得るところであり、原告はその損害賠償の方法として名誉回復のためにいわゆる謝罪広告を求めるのであるが、その請求中に見られる「今後は絶対に右の如き不法を為さないことを誓う」なる文句は謝罪広告として行き過ぎであり許されないものと考える。蓋し偽作者は著作者に対し偽作物を発売頒布しない義務を負うことはいうまでもないが、これに対しては著作者たる原告としては被告に対し発売頒布禁止の給付を求めれば足り、この方法に出ないで、謝罪広告において発売頒布の避止の誓約をなさしめることは却つて被告の人格を傷つけることになるからである。而して原告の請求は当裁判所が主文において命じた範囲の方法程度をもつて原告の本件名誉回復のために十分であると考え、右範囲を超える部分は失当としてこれを棄却する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

陳謝広告

拙者は上郡税務署管内青色申告会の名において貴殿の著作物「簿記仕訳盤」に対する偽作物を「仕訳早わかり」と題し発行発売し貴殿の名誉を傷つけたことを遺憾とします

昭和 年 月 日

兵庫県赤穂郡上郡町上郡一五四

柴田三代治

京都市北区小山西大野町六六

広瀬繁太郎殿

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